前書き
40歳を過ぎたある時点まで、私は留学などということを、考えてみたこともなかった。「留学なんて所詮他人事。せいぜい裕福な 家庭の子女に許されたことで、私にはまったく無縁だ」と考えていたし、留学が英語・外国語の習得以外にどんな意味があるかなんて想像すらしなかった。それに、英語が人並み以上にできたわけでもない。その私が、降りかかった災難の逃げ道として米国留 学を決意し、果たし、やがてその関連の専門職に就いた。これはもう火事場の馬鹿力と言うしかない。思えば、小学校時代の先生は私を「がむしゃら」と名付けていたのだが。
アメリカは、なんだかんだ言ってもすごい。40歳を過ぎた私を留学生として受け入れてくれた。50歳になった外国人の私を、専 門職のポストに受け入れてくれた(ただし、アメリカでは年齢差別は禁じられているので、生年月日を記入したり、年齢を聞かれたりすることはない)。私は、今外国暮らしで、それゆえに、日本の素晴らしい面にいっそう目がいくのだが、このことに関しては、とくに、アメリカの包容力・公平さに畏敬の念を持たずにはいられない。
私が、この本を書こうとした動機は、昨今ますます高まる留学ブームと高齢化社会だ。留学が奨励されて、文部科学省が留学キャンペーンをしたり、留学を必修化したりする大学も出てきている。 一方で、平均寿命も年々延びて高齢者が増加し、人生の活動期間 も延びた。人生の選択肢が増えて多様化し、それぞれ謳歌されている。もしかしたら、私の体験が誰かの選択のヒントになるので はないか、伝えておくべきなのではないかと思った。私の留学の道は決して平たんなものではなかった。辛く苦しいことの方が多かった。もし「年齢を戻す」と言われても、もう一度やり直す勇気はない。でも、苦労の見返りとして、専門職として誇りを持って働く今がある。私の体験が、良きにつけ、悪しきにつけ、何かの参考になればと思う。
本書では、個人の名称を変更している場合があります。また、「米国公認管理栄養士」のことを、話の流れによって、「ダイエティシャン」または「RD」(Registered Dietitianの略、現在はNutritionistが末尾に加わりRDNともいう)と表現していること がありますので、ご了承下さい。
後書き
私は現在もニューヨーク州ウェストチェスター郡に住んでいる。 数年前まで、日本の新聞やテレビを見ることがまったくと言っていいほどなかった。偶然に日本のデジタル新聞が読めることを知り、購読することにした。そして驚いた。私が留学などしている間に、大変なことが起こっていたのだ。就職氷河期とかロストジェネレーションとかいう言葉を初めて知った。私が留学を試みていた頃と時期が重なるのだ。バブルがはじけたことは知っているが、 その影響があまりにも大きく、20年以上経た今、それがより深刻な様相を帯びていることには考えも及ばなかった。そのころに私は日本の会社を辞めていた。留学から就職までの一つ一つの節目で、まかり間違えば頓挫して、日本に舞い戻っていたかもしれない。私も(年齢的には当てはまらないが)ロストジェネレーショ ンの一人であったかもしれないのだ。とても人ごととは思えない。ロストジェネレーションへの政治的救済が進むことを心より願っている。
ダイエティシャン(RD)になるためのハードルも今はより高くなっている。DPDのGPAは3.0から3.2以上に上がった。イン ターンシップの授業料も私のときの4,874ドルから今は1万1,500ドルに上がっている。また2024年からは、インターンシップ・プログラムへの申請の条件に、修士号取得者であることが加わる。
アメリカのビザ取得も、ずっと厳しくなっている。以前も大変 だったが、今はその比ではないのかもしれない。私の場合は、本章で述べたように、私にとっての最悪の事態を、あがきながら、這い上がってきたのだが。
私は今67歳だが、70歳まで働く予定だ。そうすると今の職場で10年勤続になる。待ちきれないが辛抱しよう。日本の定年制度も変わったようで、65や70まで働くことも、珍しいことではなくなってきているらしい。
私は退職後、単身留学の学生たちに憩いの場所を提供するのが 夢だ。その他にも、この体験を生かして貢献したいことがあり、今その思いを温めている。
2020年現在、世界は未曽有のコロナ禍である。留学の様相がどのように変わるのか、今はわからない。留学先での授業が、オンライン授業に変わったというニュースを聞く。だがオンラインでも、現地のワークショップなどで顔を合わせることもあるかもしれない。留学生が大幅に減少する予測も出ている。しかし、世界のグローバル化が後戻りすることはないだろうから、留学の価値は上がりこそすれ、下がることはないだろうと思う。今がオンライン留学も含めて、留学の切符が手に入りやすいチャンスかもしれない。
このアメリカへの留学・就職奮闘記が、留学のことで迷っている人、アメリカでダイエティシャンになりたい人、熟年からの人生の選択を再考している人などにとって、良きにつけ悪しきにつけ、何かのヒントになればと願っている。