中小企業の事業承継問題と海外展開
いよいよ海外展開を真剣に検討しなければならないと覚悟したT社長。そのきっかけは、国内の市場 縮小というよりも、モノづくりを次世代に継承していくうえでの人の問題でした。最近テレビでも、伝統工芸の後継者がいなくなり、日本が代々受け継いできた技能が途切れてしまうことで、世界を席巻していた日本のモノづくりの匠の技がどんどん低下していくという懸念が叫ばれていました。
「これは他人事やない︙」
A社でも、精密加工技術を強みとした日本生産で生き残りをかけてきました。その熟練技術者は、先代の頃からずっと会社のために尽くしてくれている 代半ばの工場長です。あとはパートの女性や外国人技能実習生が主体となっており、工場長の後を継ぐのは、社長とほぼ同年代の40代の製造部長と数名の30代の製造担当です。
同業他社の経営者は 代後半のところが多いようです。しかし子供には町工場など継がせたくなかったり、そもそも継がせる子供がいなかったり、子供もサラリーマンから転身する気がさらさらなかったり︙という状態で、このままでは廃業しかないとこぼしている経営者ばかりのようです。
「従来のやり方では日本のモノづくりが死んでしまう︙次世代に会社を残し、仕事を残し、人をつないでいくのは、産業人たるものの使命じゃないのか? 日本で次世代に事業を残せないなら、海外に出てでも技能や人を継承していくことが、今を生きる我々に課せられた未来への責務だろ︙」
T社長はツイッターでつぶやきました
1 深刻化する中小企業の事業承継問題
今、日本のモノづくりの将来が危機を迎えていると言われています。中小企業は法人数382万社のうち、 99%の381万社を占め、従業員数も3千361万人で労働者の70%を占めています。日本経済の基盤そのものです。大企業も中小企業が生み出す高付加価値商品がなくては生き残ることすらできません。まさしく日本の先端技術とモノづくり産業の成長発展を支えてきたのが中小企業であると言えます。
2017年度の中小企業白書によれば、中小企業の経常利益は過去最高を記録するものの大企業に比べて伸び悩みとなっており、売上推移ではリーマンショックの影響から一旦立ち直った2011年から右肩下がりで低迷し、2013年からほぼ横ばいです。景況感も改善の傾向にありますが、ずっとマイナスが続いています。
また、 90年代後半あたりから加速した電機産業や自動車産業の海外展開に伴い、中小企業の海外展開比率が上昇しています。ところが、中小企業の売上高が低迷を始めた2007年あたりから連動して、海外展開比率の上昇にブレーキがかかっています。
日本市場のデフレにより業績が厳しくなってきたため、海外市場まで取り組む余裕がなくなってきたとも言えますが、反面、成長市場の舞台が海外に既にシフトしているにもかかわらず、国内市場に留まり続けている中小企業の経営そのものが、全体の売り上げの伸び悩みにつながっているとは考えられないでしょうか。
結果的に大企業の海外現地での需要を取りこぼし、伸びている海外市場を取り込めなかったことで、企業としての成長発展に活かしきれていないとも言えます。
それではなぜ8割を超える中小企業が海外投資展開を実現できずにいるのでしょうか。実は、海外展開のノウハウが不足しているというよりも、もっと深刻な問題が目の前に迫っているのです。
その大きな原因が中小企業の「事業承継問題」からの「休廃業の増加」です。事業承継は子供の世代に経営を継がせる税務対策だけが問題ではありません。事業を継いでくれる人がいないために廃業せざるを得なくなり、次世代にモノづくりの技能やノウハウをつなげなくなってきているのです。日本経済にとっても由々しき問題です。
中小企業数で見れば、2009年では420万社、2012年には385万社になり、2014年では381万社と、5年間で39万社が減少しています。右肩下がりの傾向が続いているのです。
この「事業承継問題」がどう中小企業の長期低迷に影響を及ぼしているかについて、【企業経営者の高齢化による企業活力低下】と、関連する【承継問題による廃業の増加】の2つの要因から考えて みます。